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最高裁判所第二小法廷 昭和63年(オ)386号 判決 1992年2月28日

上告人

ダンナ・シング・ベインス

右訴訟代理人弁護士

渡辺征二郎

被上告人

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

酒巻英雄

右訴訟代理人弁護士

山田尚

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人渡辺征二郎の上告理由について

証券会社の従業員が顧客の注文に基づかずに顧客の信用取引口座を利用して有価証券の売買をし、その結果生じた手数料、利息、売買差損などに相当する金員を顧客の信用取引口座から引き落とす旨の会計上の処理がされたとしても、右無断売買の効果は顧客に帰属せず、右処理は顧客が証券会社に対して有する委託証拠金、売買差益金などの返還請求権に何らの影響を及ぼすものではないから、顧客に右金員相当の損害が生じたものということはできない。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論の引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、右と異なる見解に基づき原判決を論難するか、又は原審で陳述されていない準備書面記載の事実に基づいて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官木崎良平 裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官大西勝也)

上告代理人渡辺征二郎の上告理由

一、理由不備、判例違反の違法

1 上告人が原審で行なった不服申立は、三菱石油を買うことを承認するが資金がないので鐘紡株が指値で売れたら買うといういわゆる乗換売買の注文を受けた間接代理人は、本人の最大の利益に従って、まず先に鐘紡株を売ってその後に三菱石油を買うべきであり、この逆を行なった場合は忠実業務違反として損害賠償責任を負うべきであるというにある(原審における上告人の唯一の準備書面である昭和六二年七月一五日準備書面)。

2 これに対し、原判決は無断売買は「控訴人にその効果が帰属するはずがなく、従ってその計算上差損を生じ、また手数料等が計上されてもそれは控訴人に全く関係のないものであり、控訴人の損害となるものではないから、控訴人の本訴請求は主張自体理由がない」と判示し控訴を棄却し、更に進んで原審では不服申立てがなされておらず、被控訴人も控訴及び附帯控訴しなかったため、全く不服の対象となっていない部分も含めて、右理由により請求を棄却すべきものとの判断を下した。

しかし第一審判決における当事者の主張の部分を一読すれば明らかなようにそもそも上告人はこのような主張をしていない。

原判決は上告人が主張していない主張を主張しているとして審理の対象とし、主張自体失当であるとし、本来の不服に対する判断をしなかった。従って原審はまずこの点で資格を有する裁判官として許されるべきでない粗雑な裁判を行なったのであり、重大な任務懈怠である。のみならず、そもそも無断売買による損害の賠償そのものを否定する原審の右の理由はそれ自体失当であるのみならず判例違反である。

3 上告人は現実に損害を被っているのであって、損害がないというのは甚だしい常識はずれの論である。無断売買は、その効果が本人に帰属しないのであるから、本来上告人は代金支払義務がないのであるが、被上告人は上告人の資金を使って決済を行なったのであり、その結果上告人に現実に損害を与えている。売買契約の効果が及ばないということは、売買契約上の権利・義務が及ばないということにすぎず、このことと代理人の忠実義務違反によって発生した損害を求めることとは別個のことがらである。

むしろ、無断売買の効果は本人に帰属しないのであるから、代理人が自らの資金で決済をしなければならず、本人の資金を使って決済することは違法であるということの認識根拠となるのである。本人は代金支払義務を負っていないのに代理人が勝手に支払ってしまったのである。

これは代理人の義務違反に基く損害である。

4 あるいは原判決は寄託物返還請求権があるから損害がないというのであろうか。そうであるならば、窃盗の被害者には所有物返還請求権があるから損害がないということになろう。

損害の概念の意図的な曲解と言わねばならない。のみならず問屋が取次行為に伴って預る金銭等は、本来独立した寄託契約(民法六五七条)ではなく附随的行為にすぎない。取次行為自体に関する侵害行為に起因する損害を回復するのに、寄託物返還請求権を行使しなければならないというのは不可能でないとしても、著しく不自然である。

被控訴人は原審において寄託物返還請求権について述べているが、控訴も附帯控除もしていない。この事実はかかる主張が単なる形式論であることを認識している結果というべきである。英米法においても「もしブローカーが業務の過程で無断行為(unauthorized acts)を行なった場合は、その結果として生じた損失または損害につき本人に責任を負う」とされている(12 C.J.S, Broker § 55)。

我国の通説も同様の結論と解される(平出慶道 商行為法三七九頁)。

更に商品取引の無断売買に関する最判昭和四九年一〇月一五日、昭和四七年(オ)一三一二号金融法務七四四号三〇頁)の判例に明らかに違反する。この最判は無断売買について問屋の損害賠償義務を明認する。

以上のような意味で原判決が無断売買の効果が本人に帰属しないことから直ちに損害の発生を否定したことは理由不備、判例違反の違法がある。

5 更に原判決は不服申立のない部分まで判断を加えているが、そうであれば上告人が無断売買による損害賠償の法的根拠として主張する忠実義務違反、保護義務違反、不法行為、不当利得の主張がいずれも採用できない理由を示すべきである。これらの主張が一片の説明もなく否定されている。これでは証券会社に無断売買を勧めているようなものである。全く異常というほかない。

正式な資格を持つ裁判官による判決とは到底認められず、その根底に何か裁判官として許されるべきでない不純なものを感ぜざるを得ない。

6 更に重要なことは、無断売買の効果が本人に帰属しないということを説示するだけでは、上告人が原審で不服の主張をした前記乗換売買における忠実義務違反についての理由となり得ないことは明白であり、かかる理由で控訴を棄却したことは理由不備の違法がある。それは、第一審判決が「乗り換えの注文の法的性格について」として論じているところであるが(第一審判決四五頁)原判決はこの部分についての不服に対する判断を完全に脱漏している。

これでは何のために控訴したか分からない。

二、<省略>

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